2017年7月29日土曜日

株式投資の社会的意義②

前回の記事で, 資本コストは高く付くと述べました. これは企業が発展することで得た利益は全て株主に帰属するという事です. 出資者はそれぞれに出資した割合に応じた利益を得ることができます.

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その事業を始めた創業者に全ての利益が帰属するわけではありません. その利益は『配当:インカムゲイン』や『株価の値上益:キャピタルゲイン』という形で各投資家に配分されることとなります. (日本にはこの点を蔑ろにする企業が少なからずある事は事実ですが...残念なことです.).

この様に, 企業を所有するリスクを持ち, 投資をする行為は社会的意義の高い行為です. しかしながら株式投資は株価が日々示すその値動きの激しさにより, その価格差を狙った売買に用いられる事も多く, 一般的にはギャンブルという印象を持たれることが多いのもまた事実です. この点は非常に残念なことです.

私はここ最近はほとんど行っておりませんが, この価格差を狙った売買も株式の流動性を担保するという重要な役割を担っていることに違いはありません. 彼らのおかげで現金と遜色ない流動性が株式にあります. 

株式投資により一人当たり生産性は上がる.
私たち個人が働いて生まれ出る価値は, 付く職により違いはあれど一般的には所詮一人分の価値だけです. 一馬力という事です. 株式投資はお金を媒体として自分自身の持つ資産を働かせる行為になります. 本来 1 馬力しか生まない私たちが 3 馬力にも 4 馬力にもその力を増やすことができるのです. 人によってはその桁数が 1 桁も 2 桁も変わるでしょう. その出資割合の分だけ提供する価値は高くなり, それに応じた利益を得ることとなります. これがリスクを持つことの見返りであり, 真っ当な利益です. そして私たちが労働により価値を提供している間に資産も価値を生み出すため一人当たり生産性は上がります. GDP の上昇に寄与するという事です.

会社は一番魅力的な買い物である
株式投資は社会を回す上での基盤であり主軸です. 例え株式市場が 2008 年前後の金融危機の様に暴落し, 一時的にその価値が半分に成ったとしても, 世の中にある価値の絶対量は変わりません. 誰かのポケットから誰かのポケットに移っただけです. むしろ日々の生産活動により世の中には新たな価値が生み出され続けています. この価値を生み出す源泉はやはり企業活動であり, 一時的にどこかに逃避した資金はやはり株式市場に戻ってきます. もちろん戻る速さにはその時々で違いはありますがこの動きはもはや必然です (ちなみに過去の高値を超えるのに 1929 年の大恐慌で約 15 年, 2008 年の金融危機で 6 年を要しています.).

私は例えば車, 家, その他家電製品等のどんなモノを買うよりも同じ額ならば企業を買う事に価値を感じます (時短に繋がる家電は別です. 時間の短縮に繋がり利便性が上がるなら秤に掛けたうえで購入します). それはこれまで述べてきた投資に対する考え方が基盤としてあるからです. それに加えて以下の意見は笑われるかもしれませんが, 株式投資で企業を買う行為にはお金を消費しているにも関わらず消費税がかかりません. 仮に車, 家を投資対象として捉え購入する場合にはそれぞれの価格に対して消費税が掛ります.

株式は仮に売却損が生じた際には配当と相殺し税金の繰り延べが可能です. 家ではある程度可能ですが, 車ではこんなことはできません.

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続きます.

関連記事です. 本記事の①です.
株式投資の社会的意義は大きい①


国内世帯の資産残高と割合からどのように未来に備えるか考察しています.

貯蓄額, 給料を貯蓄に回す割合の目安になります.

我が家の節約術です.

日米の住宅市場を比較しています. 日本を貧しくした一端が日本の住宅政策にもあると思っています.

労働市場が大転換を迎えています. 

他にもいろんな記事を書いています. 詳細はダブ内を参照ください.

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